2020.03.17

事例でわかる North Star Metric(北極星指標)を正しく定めるための3つの注意点

North Star Metricとは、プロダクトを着実にグロース(成長)させるために参照する、もっとも重要な指標のことです。グロースハックを実行するにあたっては、まずは正しいNorth Star Metricを決めなくてはなりません。

North Star Metricの決め方については、前回の記事で詳しく説明されていますが、自力で正しいNorth Star Metricを決めるのはそれほど簡単ではありません。今回は、正しいNorth Star Metricの決め方のコツ、注意点について、電通グロースハックプロジェクト 代表の上野雅博が、具体例を挙げながら解説します。

電通グロースハックプロジェクトとは、スタートアップ企業や大手企業の新規事業担当者向けに"現場主義"で事業成長支援を行う電通デジタルと電通横断の組織です。さまざまなフェーズでスタートアップ企業の成長を支援するチームとして展開しています。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

グロースコンサルティング事業部
グロースハックグループ
グループマネージャー

上野 雅博

テレビ番組表アプリのNorth Star Metricを考えてみよう

あなたが、とある「テレビ番組表アプリ」のグロース担当者になったと想像してほしい。グロースハックのためには、North Star Metricを決めるのが有効である。テレビ番組表アプリの基本的な機能は、以下のようなものだ。

  • 地上波、BS、有料多チャンネル放送等、すべてのテレビ番組情報を閲覧できる
  • 毎日、最新の番組表に更新される
  • 番組に関連したコンテンツやタレント情報が豊富
  • 好きなジャンルやタレントを登録しておくと事前に通知してくれる
  • 無料で利用可能。ただし、どの画面にも広告が表示される

前回の記事で説明したように、North Star Metricのありかは「体験価値」「戦略」「収益」の3つが重なる部分にある。なので、まずは「体験価値」「戦略」「収益」の3つが何なのかを考えなくてはいけないが、この3つのうち、一番頭を悩ませるのが「体験価値」である。3要素のうち、おそらくもっとも時間をかける部分になるだろう。

Zoom

注意点1:「体験価値」の選定ミスをしない

North Star Metric設定にあたって1つめの注意点は、「体験価値」の選定ミスをしないよう、慎重に検討することである。

「体験価値」の設定を誤り、間違ったNorth Star Metricを定めてしまうと、いくらKPIを向上させたとしてもとしても収益は減る一方で、やがてはビジネスが成り立たなくなってしまうことになる。

いきなり「体験価値」と言われても難しいかもしれない。「体験価値」にはどのようなことを選定すればいいのか、それを考えるヒントはエンゲージメントにある。

エンゲージメントとは、ユーザーがブランドやプロダクトに対して持っている愛着、好感度、必要度、依存度といった深い関係性のことだ。

「体験価値」とエンゲージメントは相関関係にあり、ユーザーのエンゲージメントの高さは「体験価値」の大きさを表す。つまり、「体験価値」は、ユーザーのエンゲージメントを高める方法を考えればよいということになる。

 

エンゲージメントゲームを使って体験価値を考える

ユーザーのエンゲージメント高める方法のことを、Amplitude社では「エンゲージメントゲーム」と呼んでいる。このゲームでは、エンゲージメントを最大限に高めれば勝ちとなる。Amplitude社が自社ツールを導入した12,000社を対象に、各社のプロダクトのビジネスモデルを研究したところ、このゲームには3つの勝ちパターンがあることを発見した。その3つとは、「注目(Attention)」「取引(Transaction)」「生産性(Productivity)」である。

①注目(Attention)

1つめの「注目(Attention)」とは、ユーザーの興味、関心を引くことで、エンゲージメントを高める方法だ。例としては、音楽配信サービス、動画配信サービス、SNS、コンテンツメディアなどがある。要は、ユーザーにたくさん時間を使わせれば使わせるほど、エンゲージメントが高い、「体験価値」の高いプロダクトということになる。

②取引(Transaction)

2つめの「取引(Transaction)」とは、ユーザーが商品やサービスを購入する際に欠かせない決済手段を提供することで、ユーザーのエンゲージメントを高める、という方法だ。例としては、ECサービス、コンビニエンスストアなどがある。この場合は、1回あたりの購入商品数や、ユーザー1人あたりの購入回数が増えることがエンゲージメントの高さを示し、「体験価値」の大きさを表すことになる。

③生産性(Productivity)

3つめの「生産性(Productivity)」は、ユーザーの生産性を上げるためのサポート手段を提供することで、エンゲージメントを高める方法だ。例としては、タスク管理ツール、ビジネス向けコミュニケーションチャットツールなどが挙げられる。ユーザーの仕事にかける時間が節約でき、生産性が向上すると、体験価値が高まったということになる。

テレビ番組表アプリに最適なエンゲージメントゲームはどれか?

エンゲージメントゲームの勝ちパターンのうち、テレビ番組表アプリに最適な「体験価値」はどれだろうか。

「注目(Attention)」であれば、「テレビ番組に関連したコンテンツを楽しんでもらう」が考えられそうだ。番組情報やタレント情報など、読みたいコンテンツがたくさんあれば、それだけアプリでの滞在時間が長くなるだろう。

「取引(Transaction)」は、このアプリで何かを購入することはないので、当てはまらない。

「生産性(Productivity)」であれば、「テレビ番組をすぐに見つけてもらう」という方法が考えられそうだ。ビジネス風に言うなら「観たいテレビ番組の発見」というタスクの生産性を上げることで、エンゲージメントを高めよう、というわけだ。

「テレビ番組に関連したコンテンツを楽しんでもらう(=Attention)」と「テレビ番組をすぐに見つけてもらう(=Productivity)」のどちらでも大丈夫な感じもするが、じつは「テレビ番組をすぐに見つけてもらう(=Productivity)」を選ぶと、North Star Metricの3要件のうち、「収益」に不都合が生じる。その理由を見ていこう。

 

「テレビ番組をすぐに見つけてもらう(生産性)」にした場合

「体験価値」を「テレビ番組をすぐに見つけてもらう(生産性)」にした場合、「戦略」「収益」はそれぞれ以下のように考えられる。

要素内容
体験価値テレビ番組をすぐに見つけてもらう(生産性)
戦略テレビ番組発見に役立つ機能改善
収益広告収益
Zoom

「テレビ番組をできるだけ短時間で見つけられる」ということは、当然、閲覧ページ数は少なくなる。その分、広告の表示回数は少なくなり、広告による収益も減ることになる。このビジネスモデルに沿ってアプリのUXを最適化すると、ユーザーの体験価値の向上に反して収益は減ることになり、事業が傾きかねない。つまり、「体験価値」に「テレビ番組をできるだけ短時間で見つけられる(生産性)」を選ぶのは、選択ミスということになる。

 

「テレビ番組に関連したコンテンツを楽しんでもらう(注目)」にした場合

では、もう一方の「テレビ番組に関連したコンテンツを楽しんでもらう(注目)」を「体験価値」に選んだ場合はどうだろうか。

要素内容
体験価値テレビ番組関連コンテンツを楽しむ(注目)
戦略日々、テレビ番組関連コンテンツを提供する
収益広告収益
Zoom

テレビ番組関連コンテンツを楽しむということは、ユーザー1人あたりの閲覧ページ数は多くなり、アプリ滞在時間も長くなる。広告の表示回数は多くなり、広告による収益も増えるだろう。よって今回のアプリの場合、「体験価値」としては「注目」のほうが適していると言えよう。

長くなってしまったが、ここまで1つ目の注意点である「『体験価値』選定の重要性」について説明してきた。「体験価値」に何を設定すべきなのかを正しく見極めるためには、「収益」にもどのような影響を及ぼすかを考えなくてはならない。ここでミスをしてしまうと、後で取り返しのつかない事態に陥ることになる。エンゲージメントゲームを利用して、適切なエンゲージメントを選ぼう。


注意点2:North Star Metricと「体験価値」はきちんと相関しているか

「体験価値」を設定したら、次は前回の記事で紹介したように、3要素が重なる部分を見ながら、North Star Metricを決めていくことになる。今回の3要素は以下のとおりだ。

要素内容
体験価値テレビ番組関連コンテンツを楽しむ(注目)
戦略日々、テレビ番組関連コンテンツを提供する
収益広告収益

North Star Metricの候補としては、「PV数」「滞在時間」「スクロール量」といった指標が思い浮かぶ。これらのうち、どの指標がNorth Star Metricに最適なのかをどう判断したら良いのだろうか。そのカギとなるのは「体験価値」との相関である。順番に見ていこう。

 

総PV数をNorth Star Metricにした場合

仮に総PV数をNorth Star Metricに設定したとする。すると、当然総PV数を上げるための施策を行うことになる。1ページを複数ページに分割したり、ページからページへの自動遷移機能をつけたりするかもしれない。総PV数というNorth Star Metricは向上するだろう。広告の表示回数(インプレッション数)やクリック数も上がり、結果として広告収益も増えるかもしれない。

しかしながら、これらの施策はユーザーにとっては何のメリットもない。コンテンツをじっくり楽しみたいユーザーにとっては、単なる邪魔にしかならないだろう。プロダクトの「体験価値」向上にはまったく寄与しない。
この場合の総PV数のような指標のことを、俗にVanity Metric(虚構の指標)という。

 

総滞在時間をNorth Star Metricにした場合

では、総滞在時間はどうだろうか。大量のページを読んで楽しむタイプの人でも、1ページをじっくり読み込むタイプの人でも、体験価値が高ければ総滞在時間は確実に増加する。

 

総スクロール量をNorth Star Metricにした場合

総スクロール量をNorth Star Metricに設定した場合は、縦長のページを作るなど方法はあるが、ユーザーにとってのメリットはない。また、ユーザーがコンテンツを楽しんでいた場合でもさほどスクロールせずともコンテンツが楽しめるケースもあり、人によって1コンテンツ内の楽しむトピックは異なる。このような場合、スクロールとコンテンツを楽しんでもらっているかに相関関係は薄い。

「PV数」「滞在時間」「スクロール量」を比較検討した結果、North Star Metricには体験価値のコア部分に該当するページの「ページ総滞在時間」を設定するのが現時点では最適だという結論に至った。

さらにユーザー体験をイメージしやすくするために、North Star Metricには「頻度(期間)」を添えてみるとよい。たとえば、今回のテレビ番組表アプリであれば、毎週ルーティンがあるので、毎週1回は必ずアプリを起動するはずだ。もちろんデータ分析をしきれていない可能性があるので、この時点ではまだ仮でよい。

Zoom

注意点3:最初に完全なものを目指しすぎてはいけない

3つめの注意点は、「最初に完全なものを目指しすぎない」ことである。North Star Metricに何の指標を設定すべきか悩みすぎず、いったん決めてしまうことが重要である。

スピード感のあるグロース(成長)のためには時間をかけすぎてもダメなケースがある。すぐに手持ちのデータから結論が出てこない場合は、一度仮決めをし、仮説検証を通じて確度の高いNorth Star Metricへ近づけていくことが重要だ。


その他の3つの事例

最後に、今回使ったテレビ番組表アプリ以外の例として、North Star Metricの配下に設定するKPIの方程式とともに、実際に電通デジタル社内トレーニングで利用した3つの事例のNorth Star Metricを紹介する。

KPIの方程式は以下のとおりだ。詳しい解説については前回の記事を読んでほしい。

幅:エンゲージメントを高めたいターゲット層を表すKPI。方程式の土台決めとなる
深さ:[幅]のユーザーのエンゲージメント率を高めるKPI
頻度:再度エンゲージしてもらうまでのインターバルKPI(日、週、月など)
効率:エンゲージメントがいかに早期達成したかがわかるKPI

グロースハックに欠かせない指標North Star Metricとは?

①「注目」の事例:動画配信サービスのNorth Star MetricとKPI

これら方程式を埋めるポイントは、[幅]→[深さ]→[頻度]→[効率]の順にユーザーが行動していくことをイメージすることだ。

Zoom
Zoom

本事例の場合、トライアル会員も有料会員もサービス内での行動は同じだ。トライアル時、投資に値すると判断に至れば有料化するため、[深さ]のKPIに到達するユーザーサイクルをいかに回せるかがポイントとなる。

②「取引」の事例:ECサービスのNorth Star MetricとKPI

ECサービスは基本的に、有料会員にならなくても利用ができるWebサービスだ。しかし、より高いユーザー体験価値を提供するためにアプリ利用を促進している。ユーザーとのコンタクトポイントを設置し、適切なタイミングでコミュニケーションをとることで、有料会員になるように導いていく。

Zoom
Zoom

③「生産性」の事例:タスク管理ツールのNorth Star MetricとKPI

グロースハックにとって重要なのは、使われるほど勝手に利用者が増える仕組み作りである。タスク管理ツールの場合は1人で使えるものもあれば複数人でプロジェクトを管理するために使うものもある。そのため、本事例ではいかにチームで利用させるかという戦略をもとに作成している。

Zoom
Zoom

ちなみに、[効率]の部分で「Todo設定から完了までの時間」というKPIを置いたとする。前回の記事で触れた「②上昇をコントロールできる指標に限る」というポイントはまさにこの部分で、Todoを設定してから完了するまでの時間は事業者側がコントロールできるものではなく、タスクの大きさや利用者のコンディションによる。従って、このKPIは機能しないことがわかる。


正しくNorth Star Metricを決めるための3つの注意点

最後に3つの注意点をおさらいしておこう。

  1. 「体験価値」の選定ミスをしないようにする
  2. North Star Metricと「体験価値」はきちんと相関しているか確認する
  3. 最初に完全なものを目指しすぎないようにする

今回の記事で説明した3つの注意点に気をつけさえすれば、North Star Metricを大きく間違うことはないはずだ。とはいえ、プロダクトの種類は千差万別。一見、他の事例が参考になるように思えても、じつはまったくビジネスモデルが異なるということも多い。これまでに存在しないような市場やニーズを狙ったユニークなプロダクトやビジネスモデルであればなおさらだ。電通グロースハックプロジェクトでは常時ご相談を受け付けているので、以下の問い合わせフォームから、お気軽にお問い合わせいただきたい。

この記事・サービスに関するお問い合わせはこちらから

EVENT & SEMINAR

イベント&セミナー

ご案内

FOR MORE INFO

資料ダウンロード

電通デジタルが提供するホワイトペーパーや調査資料をダウンロードいただけます

メールマガジン登録

電通デジタルのセミナー開催情報、最新ソリューション情報をお届けします

お問い合わせ

電通デジタルへの各種お問い合わせはこちらからどうぞ